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ルカ11:38 新世界訳改訂版
「その人はイエスが食事の前に手を洗わないのを見て驚いた」

あーやっぱり、神経質に手を洗え手を洗えっていうのは間違ってるな、本来必要な菌まで流れてしまうから。イエスだってべつに手を洗う必要はないって言ってるんだよ。

…って、違います。

この手を洗うってところ、原語を見てみると実は、「バプテスマ」(ἐβαπτίσθη)なんですね。
ヨハネによる洗礼、のあのバプテスマ。
びっくり。
どうも、元々のバプテスマは、浸かる、沈める、というだけの言葉だったようです。
今ではクリスチャンの特別な儀式の意味になってますけど。

マルコ7:4にも、βαπτισμοὺςという語が使われており、この箇所を大抵の聖書は「洗う」「すすぐ」と訳されているのに対し、新世界訳(旧)ではそのまま「バプテスマ」となっています。
改訂版では「水にくぐらせる」になっていて、本来の意味に基づく訳になっていました。

一般に「洗礼」とされるのも実は正確ではなく、「浸礼」が正しいのだと思います。


パリサイ派の手を洗う行為は、衛生面を気にしているのではなく、自分たちの伝統を固守する、儀式的な意味合いがあります。
それでイエスは、外面ばかりよく見せようとして内面は汚れに満ちている、そんなパリサイ派の人々を糾弾されたのです。


ヨハネ7:37
喉が渇いている人がいるなら,私の所に来て飲みなさい
If anyone is thirsty, let him come to me and drink.


旧版でも改訂版でも、英語新世界訳でここのイエスの言葉は変わってない。が、日本語では変わった。
実はそういう箇所はけっこう多い。
holy spiritはこれまで聖霊と訳されていたが、日本語改訂版で「聖なる力」になった。
現在ヨハネの福音書を読み進めているが、いまだこの訳には違和感がある。
そして先述したIf anyone is thirsty,
なんで「喉が渇いた」にしたんだろう。野暮ったく感じる。
そこは従来通り、渇いたでいいんじゃないのかな。イエスは比喩的な意味で言ってるんだから。
一般人には、渇く、というのが喉の渇き以外にイメージできないと思っているのかな。

たいてい、一見不可解な訳文に思えても、なにか意図があってそうしているだろうからつい立ち止まって考えてしまう。
重箱の隅をつつくような、嫌なクセです。
でも、より深い理解へとつながることも多いから悪いことばかりではないです。
それでも謙遜な心がなければ神の言葉は理解できないと思うので、バランスは大事です。

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